朝鮮王朝末期を舞台にした大型時代劇「風と雲と雨」。己の運命を変えるため、救国のために生きる男チェ・チョンジュンの英雄伝として、激動の時代に志を抱く者たちの骨太ドラマとして、はたまた運命で結ばれた男女の愛のドラマとして、権力者にその特別な力を利用され続けてきた女性が自由を得るまでのドラマとして……、さまざまな側面で楽しませてくれる本作だが、今回は改めて、“黒い竜”と例えられたチョンジュンと“虎”と呼ばれた興宣君イ・ハウンの、その見事な対比ぶりを推してみたい。
運命に抗う、まっすぐな男チョンジュン(=パク・シフ)
「運命の女性に裏切られ、早世する」と予言された若様チョンジュン(パク・シフ)は、「運命は自分で変える!」と威勢良く、父がどんなに反対しようとも初恋相手ボンリョン(コ・ソンヒ)との婚姻を決行。だが、予言通り裏切られ(!)、父も殺されてしまう。なんとも早い「運命」からの敗北だが、なんとか「早世」から免れた彼は誓う。父の敵を討つと――。となれば、笑顔を失った孤高の復讐者になりそうなものだが、この若様は違う。5年後、裏切り者ボンリョンの姿をみるたびに明らかにときめき、懐に抱く思い出の布地を眺めては想いを馳せてしまう。本当に復讐者なのか?と思わせるが、どんな境遇でも決して闇落ちしないのが、世に名を広く知らしめる運勢、聡明で太刀を携えた大将軍の素質をもつ、大地から飛び立つ「黒い竜」の相をもつ男の定めなのかもしれない。
野望を抱き権力を求めて放蕩ぶるイ・ハウン(=チョン・グァンリョル)
一方で、夜でも輝く眼光、高く鋭い鼻、特異な相「虎の相」をもつ興宣君イ・ハウン(チョン・グァンリョル)の存在は冒頭から大いに不気味だ。傀儡王・晢宗(チョン・ウク)に友だと寄り添い、王家を護るためにと、権力を牛耳るキム氏一族排除に挑むもあえなく頓挫。それから5年、賭博場に入り浸り、不倶戴天の敵であるキム氏にすら金をめぐんでもらって回る放蕩ぶりは表の顔で、虎視眈々と“とき”を待っているのである。帝王之地(天子が生まれる場所:縁起の良い土地)を手に入れるためなら、そこに佇む寺をも燃やすが、都で疫病が流行れば、民を救おうと尽力もする。善人か、悪党か、大物か、小物か、はっきりと定まらないのだ。
“陽“のチョンジュン、“陰”の興宣君 同じ道を志す2人の対極の姿
大きな挫折を味わったあと、易を学び、それを武器に運命に抗う道を選んだチェ導師ことチョンジュンが“陽”の存在であれば、屈辱を味わったあと、口では「民のため、王族のため、国のため」と言いながらも、協力者であるチョンジュンを疑い続ける興宣君イ・ハウンは“陰”と呼ぶにふさわしい闇キャラだ。仲間や愛する者に囲まれたチョンジュンの笑顔は見ているこちら側も微笑んでしまうほどの本物だが、興宣君は目の奥がちっとも笑ってない。むしろその奥に潜む怒り、猜疑心を感じ、空恐ろしくなる。とくに、王の父として権力を手にしたあと、キム一族への借りの返し方は、スカっとするどころか、恐怖ばかりが募るほど。その男に嫉妬されるチョンジュンの行く末は誰がみても……なのだが、当人は何度殺されそうになったかわからない男に対し、ある時はその吉相に惹かれ、ある時はその志を信じ、そして、「国のため」という同じ目的のために手を組むのである。
民の英雄と最高権力者 その愛と憎しみの物語の行方
困っている人がいれば、「いまこの者たちを守れるのは私だけだ」と行動に起こすチョンジュン。「民のため」と言いつつ、敵を排除し、権力の座を求め、興宣大院君となったイ・ハウン。一貫して濁りのないチョンジュンに対し、常に二面性をもつハウン。物語は、同じ道を志しながらも対極にいる2人の姿が次々と浮き彫りになっていく。何度か見返しているが、そのたびに、ここでも疑っているのか、ここでも嫉妬していたのか……と思うほど、セリフはもちろん、目つきや仕草でハウンの負の感情を表現するチョン・グァンリョルの手練れ、目力にはっとさせられる。
2人の対決は、物語のクライマックスで頂点に達するのだが、その場面を見ながら、こんな感情を抱いてしまった。愛と志に忠実に、運命には抗う、どこまでもまっすぐなチョンジュンとボンリョンが、表の愛のドラマであるならば、誰よりもチョンジュンの才を認め、劇中のセリフにあったように、「朋友有信」の相手として彼を欲し、怖れ、憎んだ男の愛と憎しみの物語なのだと。
ライター:杉本真理